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2017-03-26.Sun.

書きたくならないのだということを書き留めておかなければなりません。

なにも書きたくない。なにも感じたくない。ただ空気の中に泡となって消えてゆきたい。

生きることはとても楽しいですが、爆走するオープンカーでハイウェイドライブを楽しみながらしかし風にあてられて息ができないのと似ている。ハイウェイは首都高のこともあればアウトバーンのこともあります。(アウトバーンは実際に見たことはありませんが)。

高速道路というもののミソは、隔離された空間から簡単には脱出できないところにあります。

2017-02-23,The.

ふわりと優しい湿り気を含んだ生ぬるい空気の中を歩きます。夜はまだ降りてきたばかりで、空は鈍い青色に輝いています。色々な音が聞こえますが全て暗い遠くの生の稜線に吸い込まれて行くようで、とても静かなように感じられます。街灯、家々のカーテン越しの灯り、車のヘッドライト、光と闇だけが在って人間なんてまるで姿を消してしまったように思えます。

2017-02-23,Thu.

風の匂いや肌触りに春を感じて嬉しくて、窓を開け放ち、物理の勉強をはじめました。そろそろレールの上に戻らなくてはいけないと思って。車の往き交う音も鳥の鳴き声も草木の匂いもひんやりとした優しい風も、全てが春めいて私を前向きにさせてくれたのです。しばらく集中して勉強していたらふいに高校2年生から高校を卒業した次の年くらいまでの色々の断片的な記憶(具体的な内容はわからないのです、そのときどきの空気の再現のようなもの)がぱらぱらと目の前に舞い降りてきて、よくわからないままにすごく悲しくなって、泣きました。眼鏡を外して涙で滲んだ視界には、庭で満開のマンサクの花の黄色やチューリップの芽の爽やかな青緑、降り積もった去年の枯葉の色褪せた茶色、空の淡い色などが水彩画のように散らばって、弾むような春の香りがして、私はそれらの驚くべき情報量に圧倒されパニックになりました。

2017-02-15,Wed.

私の現時点における世界観の記録。

この世に「真理」というものは存在しない。存在するのは「仕組み」と「事実」だけである。

2017-02-14,Tue. その2

まったく予期していない瞬間に心を通過しない涙が零れることがある。まったくなんでもないような瞬間に。

最近頻繁に「それ」が起こる。

「それ」、つまり温度のない涙がつたりと頰を滑り落ちてゆくのを感じることそのものが、それだけが、私を悲しくさせる。

きっとその涙は、舐めても海の味はしない。私の瞳は悲しみの海とは繋がっていないし、繋がっていないことだけが私にその海の存在を予感させる。

 

2017-02-14,Tue.

なにかが私の心の中で私の意思に反して狂った独楽のようにくるくると回転しているのを感じます。それは前向きな気持ちとクリアな思考を運んできます。心や頭に正常な働きがもたらされていると感じますがしかし、私はほんとうはそんなものではなくて休息が欲しい。今のままでもじゅうぶんに、社会的には惰眠を貪っている状態と言えますが、もっと根本的な休息が欲しい。私はべつに、死のことを言っているのではありません。いま私の心に死という言葉はありません。

 

しかし考えてみれば(どう考えても)この休息というのは結局のところ本質的には死でしかないのかもしれない。わからない。ほんとうにわからない。いま私は死にたいわけじゃない。ただ安めてほしいだけなんです。疲れた(何に?)。(自分の・思考から・感情から・感覚から・意識があるという状態そのものから・解放されたい・!)。(結局のところそれは死によってしか与えられない)。(死ぬのはイヤだ。とても怖い)。(生きるのも怖い)。(なにもかもが)。

2017-02-06,Mon.

春の風を感じた。春の風は光を含んで下から上へ緩やかに吹き上げる回転の、強いが肌あたりの優しい、仄かに香りを含んだ風である。遠くでゴオと唸り、足元では残った枯葉や芽の出かけた植物をくるくると弄ぶ。

 

春の予感の梅やヒヤシンスの香はこの風によって薄められ庭では微かに心をかき乱す儚いものとして顕れるが、家に持ち込むと途端にむせ返るような主張をもって部屋に満ちるのである。(毎年体験することだけれど)この驚きといったら!太古の日本人の鼻が鋭かったわけではないのだ。梅の香りはこんなにも強い。