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2017-04-21,Fri.

私はもう生きていたくない!

 

物事が広く均一に見えていることは人間の社会で生きるうえでマイナスにしかならないのだと思う。頭の回転が鈍くて世界について盲目的で、ヒステリックに感情を吐露すれば綺麗に生きていけるのかもしれない。それが人間的な美しさ、聡明さかもしれない。

 

生きていたくない。

死んでもいいですか。私は死にたい。「生きていていいんだよ」とか「生きていなさい」なんて私は言われたくない。「死んでもいいんだよ」「いなくなっていいんだよ」って言われたいんです。「どうせこいつは死なないから、生きていることの価値をわからせてやろう」という意味での「死ね」ではないんです。心からの優しさからの「あなたはもう存在しなくていいんだよ」という言葉が欲しい。記憶がある限りずっと私は死にたかったし、それまでに死んでおかなかったことを常に後悔している。これからもずっと死にたいでしょう。

 

 

 

私はどうして強くなれないんだろう。強くなりたいよ。

2017-04-06,Thu.

私はこのことについてうまく書くことができない。

私は自分自身のことについてなにひとつ理解していないのだけれど、でも、今日ふと気づいたことがある。私はいつもどうしようもなく焦っているのだ(焦っているという言葉が正しいのかわからないけれど、何かに焦っているときの心の感触とそっくりな感情がつねに纏わりついている)。思えば生まれてこの方、焦っていなかった瞬間なんてほんの少しだってなかった。

 

私は無意識のうちに、自分が狂わないように自分自身の行動や思考をセーブしているところがあると思う。

私は何もできない。身体はすぐに動かなくなってしまうし、少し動けばすぐ眠ってしまう。去年の初夏から活動的になって、自分では私はもう大丈夫なんだ、何も問題はないのだ、良くなったのだ、このまま行けばまた世間一般の人たちのように社会的な生活ができるようになるのだと、信じてやまなかった。しかしそれはほんの数ヶ月の間のことで、自分では何もわからないうちに1日の大半を睡眠と涙で塗り潰す生活に戻ってしまった。そのように暮らしていても、夏に抱いた希望という名の浮遊感は薄れることなく麻薬のように脳裏に煙り続け、私はぼうっとした明るい光の中で呆けたように恍惚としていた。そしてふと意識が戻ったとき、季節はもう春になっていて、私は今、あの高揚感も夏の香りも思い出せない。

 

 

「恐怖」を見ないふりをしている。「恐怖」に面と向かって対峙するのを恐れている。心の中の「恐怖」の箱を開けてしまったら、これまでのように自分自身の生に耐えることができなくなってしまうだろうと恐れている(これまでだって私は「耐えて」なんかない。ただ逃げていたのだ。逃げるしかなかった。与えられた情報のどれひとつだって処理しきれてはいなかった。問題なのはそのようにしてやり過ごすことだってできなくなるだろうということなのだ)。

2017-03-26.Sun.

書きたくならないのだということを書き留めておかなければなりません。

なにも書きたくない。なにも感じたくない。ただ空気の中に泡となって消えてゆきたい。

生きることはとても楽しいですが、爆走するオープンカーでハイウェイドライブを楽しみながらしかし風にあてられて息ができないのと似ている。ハイウェイは首都高のこともあればアウトバーンのこともあります。(アウトバーンは実際に見たことはありませんが)。

高速道路というもののミソは、隔離された空間から簡単には脱出できないところにあります。

2017-02-23,The.

ふわりと優しい湿り気を含んだ生ぬるい空気の中を歩きます。夜はまだ降りてきたばかりで、空は鈍い青色に輝いています。色々な音が聞こえますが全て暗い遠くの生の稜線に吸い込まれて行くようで、とても静かなように感じられます。街灯、家々のカーテン越しの灯り、車のヘッドライト、光と闇だけが在って人間なんてまるで姿を消してしまったように思えます。

2017-02-23,Thu.

風の匂いや肌触りに春を感じて嬉しくて、窓を開け放ち、物理の勉強をはじめました。そろそろレールの上に戻らなくてはいけないと思って。車の往き交う音も鳥の鳴き声も草木の匂いもひんやりとした優しい風も、全てが春めいて私を前向きにさせてくれたのです。しばらく集中して勉強していたらふいに高校2年生から高校を卒業した次の年くらいまでの色々の断片的な記憶(具体的な内容はわからないのです、そのときどきの空気の再現のようなもの)がぱらぱらと目の前に舞い降りてきて、よくわからないままにすごく悲しくなって、泣きました。眼鏡を外して涙で滲んだ視界には、庭で満開のマンサクの花の黄色やチューリップの芽の爽やかな青緑、降り積もった去年の枯葉の色褪せた茶色、空の淡い色などが水彩画のように散らばって、弾むような春の香りがして、私はそれらの驚くべき情報量に圧倒されパニックになりました。

2017-02-15,Wed.

私の現時点における世界観の記録。

この世に「真理」というものは存在しない。存在するのは「仕組み」と「事実」だけである。

2017-02-14,Tue. その2

まったく予期していない瞬間に心を通過しない涙が零れることがある。まったくなんでもないような瞬間に。

最近頻繁に「それ」が起こる。

「それ」、つまり温度のない涙がつたりと頰を滑り落ちてゆくのを感じることそのものが、それだけが、私を悲しくさせる。

きっとその涙は、舐めても海の味はしない。私の瞳は悲しみの海とは繋がっていないし、繋がっていないことだけが私にその海の存在を予感させる。