2013-10-02,Wed.

我が親愛なる唯一の友人へ。
多分読んでないだろうけど。

完全に八つ当たりで申し訳ないとけど言いたいので言う。ごめんね。思い上がってる。酷いこと言う。
私より勉強できない人に私の受験に臨む姿勢についてとやかく言われたくない。
私まともに受験勉強やってないし(特に志望校変えたとか言い始めたあたりから)ただのクズだけどさ。それでも最低限出来るべきことは出来てるつもりです。
私がお金のことしか考えてないようなそぶりしてるから私が医者に向いてないとか言うのも勝手だけど。私より思いやりや自己犠牲の精神にあふれてる人間なんてほとんどいないと思う。それに私は物欲でいっぱいだけれども対価に見合う働きをするつもりでいるの。私にはその能力があると思ってる。他人の人生に干渉する覚悟がある。必要以上に足掻きたくないし人生たのしんでるけれど怠けるつもりもない。あなたは私より忍耐強く他人の話を聴ける人間を知っていますか。
ごめん。ごめんね。八つ当たりだから。あなたが私を否定する気持ちはとてもよくわかる。じゃれてるだけっていう感覚は少なからずあるだろうし心配してくれてるのかもしれないとも思う。
でも私は私の思ったとおりやるの。
それにね。見当違いだよ。
私は自分がまだせどりで利益を得られるほどにはものを知らないことを知ってる。
そしてね。私はお金が欲しいわけじゃなくてお金を遣いたいのだと言ったよね。
あなたはそれは同じことだと言った。
でもね、違うんだよ。お金が欲しいこととお金を遣いたいこととの間には明白な違いがある。全く違うんだよ。
 私はお金を遣いたいのです。
本を売って利益を得たいわけじゃなくて、欲しい本を集めたいの。
欲しい本を買いたいの。
ときに、お金を工面するためにあるいは本たちに新しい主人を見つけるために本を売ることがあったとしても、それは本質じゃないの。
本の価値は、欲しいか欲しくないかで決まるんだよ
価値のある本を欲しいのじゃなくて、私が欲しいから価値があるの。
エゴだよ。私に無物無憂だと言った人がいた。しかし私は物欲がなくなったら怖くて生きていけなくなってしまう。物欲に繋ぎとめられて、辛うじて自分の時間を世界に繋げていられる。生の気持ち悪さや世界への恐怖、そしてどこから来てどこへ向かうともしれない申し訳なさ、これら全てを私は物欲で包み込んでなかったことにしようとしている。いわば有物無憂なのです。欺瞞だっていい。私は私が死なないために全てを行ってる。他人の人生を自己欺瞞の理由造りに巻き込んでる。でもいいじゃん。win-winの関係なのだから。未知なる世界への好奇心と今ある世界への恐怖が物欲に勝ったとき、私は死ぬでしょう。
私の心の中に、通学鞄を直に置かないで。あなたはその鞄を電車の床にも置くのだから。