2014-04-18,Fri.

ガルシア・マルケスが死んだ。昨日。一度も会ったことのない、私の大好きな人たちが、次次にどこかへ帰っていってしまう。愛してる、愛してる、愛してる。
存在が霧散するような死がいいな。霧散したものがそれでもある狭い空間の中に閉じ込められて充満して、あるときその扉が開かれる。何かの集合体によって。存在は消えて、でも時の経過が物語るの。かつて何かが存在したこと。今は何も存在しないこと。うーん。何かが違う。言葉が間違ってる。



山田章博が好きなのです。『カフェ・ド・マキニカリス』




私は『シンドラーのリスト』が大好きなのです。素晴らしい映画だと思う。最も好きな映画のうちの一本。どんなに可笑しいシーンだって、心臓を鷲掴みにするような悲しみを秘めてる。でも笑わせてくれる。そしてこの映画は美しい。醜いものはこの映画の中に存在しない。ナチ将校だって美しい。この映画は、身を切られるような苦しみと悲しみと、そしてそれとは矛盾する美しさを純粋さを見せてくれる。だから観るのはとてもつらい。つらい、つらい、つらくてくるしくてたまらない。でも、だからこそこの映画はコメディだと思うのだ。べつに私は皮肉を言ってるわけじゃあないのですよ?











世界のすべてを愛してる。愛してる。愛してる。だいすきです。

でも私は怖い。恐ろしい。さいごまで生き抜く自信がない。そんな恐怖が最高潮に達したとき、シンドラーを観る。悲しみで恐怖をおきかえれば、あとは簡単だ。悲しみは、世界に対する愛と同じことで。わたしは悲しんで悲しんで悲しんで、壊れそうなくらい悲しむ。悲しみは、生きる糧だ。悲しみは恐怖に似ているから置き換えるのも簡単で。





愛してるよ













呪文のように愛してると呟いて、私は何をしてるんだろう。死んでしまえ、が気づけば愛してるよ、に変わっている。愛してる愛してる愛してる、






どうすればいいの