2014-06-22,Sun.

「どこへ行きたいんだ、連れてってやる」
「ヘヴン」
「OK......しかし遠いな、休まずに行くのは無理だ」

内田美奈子『百万人の数学変格活用』より
短い停電があって、自分の電気まで切れて、もう物が考えられない気がする。電気が停まったせいで、今やった仕事ばかりか、記憶の一部まで消えてしまったのではあるまいか。

リディア・デイヴィス『ほとんど記憶のない女』「混乱の実例」より
物は彼に非ざるは無く、物は是れに非ざるは無し。自ら彼とすることは則ち見えず、自ら知ることは則ちこれを知る。故に曰わく、彼は是れより出で、是れも亦た彼に因ると。彼と是れと方にに生ずるの説なり。然りと雖も方に生ずれば方に死し、方に死すれば方に生ず。方に可なれば方に不可、方に不可なれば方に可なり。是に因りて非に因り、非に因りて是に因る。是を以て聖人は由らずしてこれを天に照す、惟だ是れに因るのみ。是れも亦た彼なり、彼も亦た是れなり。彼も亦た一是非、此れも亦た一是非。果たして彼と是れと有るか、果たして彼と是れと無きか。彼と是れと其の偶を得るなき、これを道枢と謂う。枢にして始めて其の環中を得て、以て無窮に応ず。是も亦た一無窮、非も亦た一無窮なり。故に曰わく、明を以うるに若くなしと。

荘子』 斉物論篇 第二  3  より
昔者、荘周、夢に胡蝶と為る。栩栩然として胡蝶なり。自ら愉しみて志に適うか、周なることを知らざるなり。俄然として覚むれば、則ち蘧蘧然として周なり。知らず、周の夢に胡蝶と為るか、胡蝶の夢に周と為るか。周と胡蝶とは、則ち必ず分あらん。此れをこれ物化と謂う。

荘子』 内篇  斉物論篇  第二  13