2014-06-26,Thu. その3

マンディアルグの『海の百合』何故かわからないけど何回読んでも好き。はじめて読んだのは小学5年生のときだったと思う。


コーヒーの飲みすぎから(彼女は、ときおりおかわりを注文していたのだ)、血がこめかみで脈打っていた。やけどしそうにあつい瀬戸のカップから、かおりが立ちのぼってくるこのにがい液体は、もしかするとヒヨスやベラドンナ、でなければ毒ニンジンを煎じたものかも知れないと、ヴァニーナはひとり想像してほほえんだ。たとえそれが、彼女の想像どおりであったにしても、おそらく彼女は、カップを途中でおくようなことはしなかっただろう。
と、突然、ヴァニーナは、足をさらしたことで心に乱れを覚えた。これは思いもしないことだった。ただたんに、喜びとか苦痛とかいうものではなく、それは、そこから最善のものも生まれれば、最悪のものも生まれようという、奥深いショックであった。ヴァニーナは思った、あらわにしたからだが、あたしに爪を立てたんだわ、と。少なくとも裸ということには、(魂についてのそれは、数えあげられないだろうからおくとしても)、ふたつの種類があるはずだ、と、彼女は考えた。ひとつは、バラのように花開く若い肉体が、素肌に透きとおったよろいをつけているというような、挑発すると同時に禁じられたもので、ヴァニーナが、見物人の視線にみずからをさらして快かった、という状態は、まさしくそれであった。もうひとつは、靴をぬぐという行為によって、いましがたはじまったもので、このばあいの裸は、降伏であり、自発的な剥奪行為であり、また、自分への攻撃を招くいざないなのである。彼女は、数歩あるいたのち、うしろをふりかえり、もう一度、カシかオリーブかはわからない、波に洗われ、塩で白くなり、そして南国の熱気でひび割れている古い根株を見やった。月光に照らされて、それは歯が生えているかのように、ぎざぎざした口をあけ、いかにも恐ろしい姿だった。彼女は、この怪物じみた番人に、自分のよろいの、最初の部分を(鍵を)あずけたというわけだった。

(品田一良訳)


うーん、引用していくとキリがない…

とくに引用には意味はないのだけど。