2014-09-25,Thu.

何日か前の会話
Jさん「『わたしはほんとうにつまらない人間になってしまった』と書いていたけれど、どうしてあんなことを書いたの?と、いうよりも、ああいうことを書くってのは『かつてのわたしはつまらない人間ではなかった』という前提があるわけじゃないですか」
玄冬「それはつまり、『かつての私は自分がつまらない人間かどうかなんてつまらないことを考えたりはしなかった』ってことなのです」





意識は流れる。






私こと玄冬の文章を読み易いと言ってくれた人がいたらしくて。すこし驚いた。自分では自分の文章は恐ろしく読みづらいと思っているから。私はあえてこの読みづらいダラダラとした文体を採用しているのだ。文体なんて呼べたシロモノではないけれども、このダラダラ感とても気に入っている。自分では気に入っているがしかし、他人からすれば100文字だって読みたくないようなひどい悪文なのじゃないかと思っていた。
勿論私は「読み易い」というのは文体のことじゃなくてもっと別のところのことを言っているのだろうってわかってるのだ、それでもこんなことをダラダラ書く。
その性格がもう決定的に物書きには向いてないような気がする。Jさんはときたま、私に物書きになる気はないのかなどと尋ねる。それは「私は医学部を目指している(いた)がほんとのところ医者になんかなりたくないしかといってそれ以外の何者にもなりたくない、セクサロイドになれたらいいのに!お願いだから私を殺してよ」などと喚く私に真面目に(?)対応してくれてることの結果なのかもしれないのだけれど、しかし私には彼が何を考えてそんなことを言っているのか見当もつかない。でも仮にそうなのだとしたら、彼の対応は非常に残虐だと思う。何者にもなりたくないと言っている私に、道を探すよう示唆しているのだから!しかししかし、それをいうなら、より残酷なことを言っているのは私のほうだ。彼に向かって、よりにもよって彼に向かって、死にたいだの殺してだのとほざいているのだから。私は酷い人間だ。彼は玄冬を愛している、その愛の対象である玄冬は(彼のいる)生を手放したいと言っている。彼がどんな気持ちになるかなんて容易に想像がつくというのに!愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる玄冬もJさんを愛してる、それなのに!私は!玄冬は!



意識は流れる。




今日、気功の治療を受けてきました。気功ははじめてです。私の精神は酷い状態だということです。その先生は「異常反応」という言葉を使っていた(つまりそれは「不合理な恐怖」のことである)が、わたしはその程度が異常に高いのだということです。きょう気功によってその値をあるていど下げたので、精神の色々な毒が巡りはじめてこれからかなり不安定になるだろうと思うが、無理にそれを受け容れたりそれに耐えたりそれと闘ったりしようとせず只管受け流して、そして12月にまた来なさい、と、言われた。この治療はお代がとても高くて、しかし、親の脛は囓るためにあるのだ、私は両親に非常な恨み(私を生んだこと)があるので最後は出汁までとって残ったカスは畑の肥料にするくらいの気持ちでいるのだ、遠慮はしない。というより私がこの治療を受けたいと言ったわけではなくて両親がどこやらからみつけてきたのだ。

気功なんてインチキくさいと思っていたのだけれど、じっさい治療を受けてみたら、どうもインチキとも言い切れないような気がした。先生は手を翳したりなどは全くしなかったのに、明らかに空気ががらりと変わったのを感じた。




意識は流れる。





今日の文章は流石に読みづらかったでしょう?