2014-09-30,Tue. その2

苛々する。Dに文転するかもしれないと伝えたらキレられた。彼女に彼是言われる筋合いはない。
私が今考えていることをまとめておく。

  1. 大学へは学問を志すから行くのである。学問をすること以外に大学へ行く理由があるとしたら、「モラトリアムが欲しい」。(これにはひとつ例外がある。医学部(とそれに準ずるもの、たとえば看護学部や歯学部など)である。医学部へは「何者か(つまり医者)」になるために行くのであって、学問をするために行くのではない。
  2. 私はもう「何者か」になりたいとは思っていないので医学部へ行く理由はない。
  3. つまり私は学問とモラトリアムを求めて大学受験するわけだ。
  4. 学問をする理由は「楽しいから」以外に必要ない。「将来どんな仕事をするか」は私にとって理由としての意味を持たない(∵ 1、2)。 
  5. 私は、自分は何を勉強してもそれなりに楽しめる筈だと思っている。哲学でも数学でも物理学でも情報工学でもなんでもいい。
  6. 私にとって「遊び」と「学問」はほとんど同じものである。「勉強したくないから文転する」などという文は私の中では意味をなさない(「勉強したくないから医学部を目指すのはやめる」は意味をなす)。
  7. 私は何に対してでも興味を持っているし、それと同時に何にも興味を持っていない。
  8. 私は自分を含めた誰かが批判されるときその理由が明確に示されないのを嫌う。理由を言えないのなら批判しなければいいのである。
  9. 私はお節介を焼かれるのが嫌いである。お節介を焼いてくる人が「自分は正しい」と思っているのならなおのこと。
  10. 私の一番強い欲求は、「『なにものか』になりなくない」というものである。(「何者か」と「なにものか」は違う意味で使っている)
  11. 私はどのような学問でも問題なく理解できるだけの能力は持っているはずである。