2014-10-31,Fri. その2

新宿でJさんと待ち合わせ
ホテル
「玄冬ほどたくさん本を読んでて知識があってきちんとものを考えててセンスもあるような学生はほとんどいない」などという言葉は絶対に信じない。私はロクにものを知らないし頭の中は空っぽだしつねにぼーっとしている。評価されるのは苦手だ
荻窪の蜂蜜専門店「ラベイユ」でライチの蜂蜜を買ってもらう。蜂蜜にあんなに種類があるなんて知らなかった。アカシアやれんげなどの一般的な蜂蜜は産地ごとに何種類も置いてあったし、珍しいものだとサボテンやソバなど…
ささま書店など古本屋をみる。ささま書店は気になりつつも今まで行ったことがなかった。荻窪に行く機会ってないし。とても良いお店だった。もっとはやく行けばよかった。Jさんは哲学の本を何やらごっそり買い込んでいた。わたしはパウル・ツェラン『ことばの格子』飯吉光夫・訳 (書肆山田)を買った。
お茶の水。古書会館の古書即売会と神保町の古本まつりをみる。マルコムX自伝を買う。セリーヌの虫けらどもを買おうかと思ったのだけれど、先程のツェランにお金を使ってしまっていたので買えなかった。
共栄堂でポークカレーと焼きりんご。ここの焼きりんご(とくに皮のぶぶん)がとてもおいしいのだとJさんが言っていた。ほんとに美味しかった。じぶんでつくると絶対あんなふうにならない。まあ、わたしは焼きりんごをつくるとき中に蜜だの糖だのを詰めないから…
お茶の水から四ツ谷まで歩く。歩くの好きだし二人で歩くのとてもしあわせ
四ツ谷のいーぐるでアイスコーヒーとミートパイ。Jさんが、この間N大の哲学の院生の発表を聞きにいったと言ってそのときのレジュメをいくつか差し出してきた。ひとつを除いてひどい出来だった。吐き気のするようなひどい日本語で、内容が全く頭に入ってこない。Jさんが言うに内容もひどいものだということだけど。私もひどい日本語を使う人間だけれど、それとは違う意味でひどかった。私の日本語はただ「おかしい」だけであって文法的には間違ってないと思うのです。間違った文法を使うときはなんらかの意味をこめてる。
ところで私は自分の中から湧きでたもの以外のもの、あるいは活字として私の中に入ってきたもの以外のもの、を口に出すことがすごく嫌なのです。たとえば「事物の在り方」という言葉を口にしたくない。それはJさんの言葉です。じぶんがそれを口に出すことは物凄く滑稽だというような気がするのです。以前まったく同じ話をしたことがあったから、Jさんが「『ジェイコブは玄冬の痛みを感じない』という文章と『私は他人の痛みを感じることができない』という文章の違いは何だと思う」と言ったとき、「前者は事物の在り方の問題、後者は言葉のはたらきの問題」などと答えればいいことはわかっていた。答えられなかったのは、それを口に出すのが恥ずかしかったから。その言葉自体が嫌なわけじゃないし誰か別の人がそれを口に出すことについてはなんとも思わないのに。わたしは自分のつかう言葉に異常な制約をかけている。「可能性」という言葉を使えるようになったのはごく最近のことです。「です」と「である」、「わたし」と「私」をごちゃまぜにして読み手を煙に巻く。わたしはポンコツなのです。きちんとモノを言うことを避けてる。
四ツ谷から新宿まで歩く。新宿でJさんとわかれる。