2014-11-01,Sat.

パウル・ツェラン『ことばの格子』飯吉光夫・訳 から

「迫奏(ストレッタ)」



まぎれもない痕跡を残す
構内へ
移送されたーー


きれぎれに書かれた草。草の茎の影を宿す
白い石ーー
もう読むなーー見よ!
もう見るなーー行け!


行け、お前の時刻の
姉妹はいない、お前はいまーー
故郷に戻った。一つの車輪が、ゆっくりと、
ひとりでに転がりはじめた、車の輻が、
のぼって行く、
黒ずんだ野をのぼって行く、この夜に
星はいらない、どこにも
お前を尋ねる声はない。




                                           どこにも
お前を尋ねる声はないーー


彼らが横たわっていた場所、そこには
名があるーーそこには
名がない。彼らはそこには横たわっていなかった。何ものかが、
彼らの間に横たわっていた。彼らはむこうを
見通せなかった。


見通せなかった、駄目だった、
言葉について
語り合った。誰も
目覚めなかった、
眠りが
押し寄せて来た。




                                  来た、来た。どこにも
お前を尋ねる声はーー


それはわたし、わたし、わたしがあなたがたの間に横たわっていたのだ、わたしは
ひらかれていた、わたしは、
聞こえていた、指先であなたがたに触れた、あなたがたの息は、
それに応えた、それは
今もわたし、あなたがたは、
眠ってますね。




それは今もーー


年月。
年月、年月。一本の指が
触れながら下る、上る、触れながら、
さまようーー
縫合箇所が、感じとられる、ここでは、
再度ぱっくりと口を開き、ここでは
癒合しているーー塞いだのは、
誰?




                      塞いだ
?のはーー誰


来た、来た。
言葉が来た、来た、
夜の間を縫って来た、
輝こうとした、輝こうとした。


灰。


灰、灰。
夜。
夜ーまたー夜。ーー目へ
行け、濡れた目へ。



                     
                                     目へ
                         、行け
濡れた目へーー


ハリケーン。昔からのハリケーン。
微粒子の吹雪。それ以外は、
お前は
無論知っている、僕らは
それを本で読んだ、それ以外はーー
憶測だった。


だった、憶測
だった。僕らは
何としっかりと
しがみつき合っていたことかーーしっかりとこの
二つの
手で?


こうも書いてあった、……と。
どこに?僕らは
それについては沈黙を守った。
毒に鎮められて、大きな、
一つの
緑色の
沈黙。一ひらの萼、それには
何か植物のようなものへの想いがまつわっていたーー
緑色の、そう、
まつわっていた、そう、
邪悪な
空の下で。


何か、そう、
植物のようなものへの。


そう。
ハリケーン、微ー
粒子の吹雪、残された
時間があった、残されていた、
石を相手に試みることがーー石は
客に対してねんごろだった、石は
口をさしはさまなかった、僕らは
なんと幸福だったことかーー


粒状の、
粒状で、繊維状の。茎状の、
密なーー
葡萄状で、放射状のーー腎臓状の、
板状で、
塊状のーー粗な、枝ー
分かれしたーー石は、口を
さしはさまなかった、石は、
語りかけた、
閉ざす前のかわいた目に語りかけた。


語りかけた、語りかけた。
だった、だった。


僕らは
かこみを弛めなかった、ただなかに
いた、一つの
気孔組織、そして
言葉が来た、


僕らをめざして来た、夜の間を
縫って来た、見えないままに
繕った、最後の薄膜を
繕った、
すると、
世界が、千の結晶体が、
析出した。析出した。




                  。析出した。析出した
そしてーー


夜な夜なが、分離された。緑色や青の
円形たち、赤の、
正方形たちーー世界は
新たな
刻との賭けのために
その内奥までをさらけ出した。ーー赤や黒の
円形たち、明るい色の
正方形たち、一つの
飛影、
一台の
測量台、一筋の
煙の塊も昇りたたない、賭けに加わらない。


                                    昇りたたない
賭けに加わらないーー


かわたれ時、石化した
癩のかたわらに、
逃げた僕らの手の
かたわらに、
最後の劫罰のさなかに、
埋もれた壁の前の
射垜の
上方にーー


見える、新た
にーーあの
線状(すじ)たちが、あの


合唱が、あの時の、あの
頌栄が。讃メ、讃メー
タタエヨ。


それでは
今も神殿は立っているのだ。
星に
今も光は宿るのだろう。
何ひとつ、
何ひとつ失われていない。


讃メー
タタエヨ。


かわたれ時、ここに、
日の灰色に、地下水の痕跡たちの
対話。




                                      、ーー   ーー日の灰色に)
           地下水の痕跡たち
のーー


まぎれもない
痕跡を
残す
構内に
移送されたーー


きれぎれに書かれた
草、
草)