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2015-01-12,Mon.

三題噺
「コーヒー・交通事故・墨」
墨を流したような夜のことだった。クロオは喫茶店の窓際に座ってコーヒーを飲んでいた。外の暗い通りでは一本きりの街灯が頼りない光を放っている。クロオは街灯に照らされて暗闇から円く浮かび上がっている石畳をぼうっと眺める。石と石の隙間から名前も知らない雑草が健気に顔を出している。クロオが冷たくなったコーヒーの最後のひとくちを胃に流し込んだそのとき、大きな音を立てて自転車が街灯に突っ込んだ。自転車は飴細工のようにぐにゃりと折れ曲がり、乗っていた少年は空中に放り出された。街灯はチカッ、チカッ、と数回点滅してから消えた。辺りは闇に包まれ、クロオは一瞬、喫茶店の窓が何者かによって墨で黒く塗りつぶされたかのように錯覚した。

「少年・瀕死・蝶」
少年は壁に背中を預けて胡座をかき、暗い四畳半を見回した。汚いくてじめじめしている。少年はすうっと黴臭い空気を吸い込んでから、手に持っていた小さな袋の口を開けた。蝶の絵が描かれた安っぽいピンク色の袋からは同じピンク色の小さな錠剤が一粒。少年は目を閉じて錠剤を口に放り込む。水を用意していなかったことに気づき慌てて蛇口に走る。顔で浴びるようにして水を飲む。瞬きするともうそこには蛇口も四畳半もない。少年は澄んだ水の落ちる小さな滝の傍らに立っていた。冷たい飛沫が顔にかかる。袖で顔を拭い滝から離れる。無数の羽音が聞こえピンク色に光る巨大な蝶の大群に囲まれる。気の遠くなるような美しさ。視界には蝶しかなく、天も地もわからない。少年は唐突に、自分もピンク色の蝶の一頭であることに気づく。身体が軽い。ああなんと良い気分なのだろう!僕はピンク色の美しい仲間たちと一緒に清々しい空気の中どこまでも行くことができる。少年は四畳半の窓を突き破り、落下し、湿ったアスファルトに叩きつけられる。ピンク色の頬から血の気が消える。