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2015-02-11,Wed.

「レモンですか。」「いいえ、夏みかんです。」

みたいなの…

あれは、どこで読んだのだっけ


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きょうは、ホットケーキを焼きました。
岡松喜与子著・婦人画報社『お菓子』。奥付は背表紙の内側に紙片を貼り付ける方式だったとみえ、欠落している。あとがきに付された日付は1961年12月1日。私のお菓子作りのバイブルです。チョコレートをつかったお菓子のバイブルは他にあるけれど(ル・コルドン・ブルー・ホームコレクション『チョコレート』。本屋さんに行くとチョコレートのお菓子の作り方の本はたくさんあるが、どれも酷く幼稚だ。その点この本は、ある程度複雑で本を見て作る価値のあるレシピを教えてくれる。完成品の味も感動的。私は野生的な勘でテキトーに材料を混ぜ合わせシンプルで美味しい食べ物を作るのは得意だけれど、本を見ながら繊細に作り込んでいく食べ物の美味しさはそれとはやはりまったく違っていてうっとりしてしまう)。
この岡松先生の本はとにかく素晴らしいのです。これほどわかりやすく役に立ってしかも美味しいお菓子がちゃんと作れるお菓子の本なんて他にない。
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チョコレートのことを少し書いたけれど、私は親友のDに毎年バレンタインのチョコレートをあげている。Dは私の作ったチョコレートをいたく気に入っていて、あんたのチョコレートがあたしにとっては世界で一番、という勢いで褒める。ねだる。私も気を良くして作る。何ヶ月か前にJさんにこの話をした。2月に入ってすぐの頃Jさんは私に、今年もDちゃんにチョコレートをあげるのかと尋ねた。私は勿論と答えた(15日までは忙しいので作るのはそれ以降になるだろうけれど)が、なんとなく、僕にくれるのかとは言わないんだなと思った。ところで、バレンタインデーのチョコレートは、あの『チョコレート』に載っているような凝ったレシピでは作らないのです。いたってテキトー。まず成城石井やカルディで売っている上質な板チョコ(製菓用ではない)を何種類か買ってきて混ぜ合わせ味の調節をする(カカオ90%のものと57%くらいのもの、あとは気分によってその中間の濃度のものを混ぜる。特に意味はない)。チョコレートを溶かし、生クリーム(かなり多めに入れても生チョコにはならない、半生になる)をどぼーっ、お酒(ラム酒とかブランデーとかキルシュとか、そのときの気分。日本酒もやってみたいけれど日本酒を使うにはある程度技術が必要、というイメージが…)をどばー。生クリームを入れるとクリーミーになり、その後お酒を入れるともさっざらっとなる。このもさっと具合でお酒の量を見て、これ以上入れたらやばいかなという直前でやめる(かなり強くなる。Dの好み)。羊羹流しか何かにオイルペーパーを敷いたものの中に流し込み、固まったら気分で四角く切る。パラフィン紙で包んで両端を捻る。どうして私がこのレシピをここに書いたかというと、私が死んでもDがあのチョコレートを食べられるようにするためです。私が自殺したらそれを知った次の日Dも自殺する(逆も同じ)という話になっているが、私はDには生きていてほしい。勝手だけれど。親友が自殺したら自分も死ぬ、なんて、ひと昔前の少女小説的な実に馬鹿馬鹿しくて安易な考えだと言われるのでしょうね。でも私もDも壊れてる。お互いが死なない・死なせないためのさいごの防波堤なのだ。私に死を諦めさせることについてはJさんは説得力を持たない。