2015-05-19,Tue. その2

私が加持祈祷に手を出そうとしたことはある意味で滑稽であった。加持祈祷は、肉体と意識の消滅をハカる私と完全に矛盾している。この間纏めたように、密教の世界ではこの身のまま(ここでの「身」は肉体のことではなく実体(実在?)(私には哲学の言葉は使えないのでできるだけ使いたくないのだけど)のことだろう)成仏する。ある意味では私はこれを既に実現している。加持祈祷の基本である「自己自身の加持」を(私はそれを望んでいないけれど)常に行っているからだ。私が私であるためには意識を失ってはならない。(この意識さえ手放すことができたら、は消滅する!)