2015-06-10,Wed.

香水…香水のことを考えている。ずっと忘れられないあの香り。まだ中学生だったとき一度だけ嗅いだあの香り。その香りはムーンストーンという名前だった。
私が中学生だったとき、写真家の父がきざし乃というひとと一緒に小さな展覧会を開いた。父は石の写真を、きざし乃さん(?)は誕生石の名前のついた12の香水を並べた。ムーンストーンはその中の一つだ。
緑色のどっしりとした円柱の形の壜に閉じ込められた香りを、私は順番に試していった。私の鼻は若く、どの壜も、なんだか強い香りがするなあとしか感じられなかった。ムーンストーンはその小さな部屋の奥のほうにあった。その壜のつめたく重い蓋を持ち上げたしゅんかん、天使に背中を撫でられるのを感じた。こんな良い香りを嗅ぐことはもう一生できないかもしれない、と思った。香水を作ったその人に、どの香りが一番良かった?と訊かれて私は迷わずムーンストーンを指差した。きざし乃さんは、その香りは若い人のことを考えて作ったんだ、君のような若い人に気に入ってもらえて嬉しいよ、というようなことを言い、香りの染み込んだ細長い紙を私にくれた。私はそれをダウンジャケットのポケットにしまい、しばらくの間はその上着を抱き締めるとムーンストーンの香りを楽しむことができた。