2016-03-05,Sat.

整体師に「死への願望はなくなった?」と訊かれて私は内心怒り狂った。殴り倒して滅多刺しにして放火してやろうかと思った。でも面倒くさいしそんなことをするのは勿体無いと思うくらい怒っていたので私はただ「はい」と答えた(そもそも死にたい云々という話を私自身がこの整体師にしたわけではない。私の父が漏らしたのだ。日常的に接する人々の中に私が死にたいことを知る者は少ないほうが良い。)。

私はそんな半端な覚悟で生きていない。生きるということが前提の世界に生きているこの人にこんな言葉でわかったように語られることは許せなかった。私はお遊びやポーズや何か嫌なことがあるとかそういう理由で死にたいんじゃない。
私は死ななければ死んでしまうのに生きている。
私を治そうとしている方々お疲れさま。「死にたい」はあなたがたに対する訴えではないし、「助けて」は「殺して」と同義だ。これは治るとか治らないとかそのうち楽になるとかそういうお話ではありません。これと私を切り離すことはできません。これそのものが私だ、と言ってもいい。心の底からごめんなさい。