2017-04-06,Thu.

私はこのことについてうまく書くことができない。

私は自分自身のことについてなにひとつ理解していないのだけれど、でも、今日ふと気づいたことがある。私はいつもどうしようもなく焦っているのだ(焦っているという言葉が正しいのかわからないけれど、何かに焦っているときの心の感触とそっくりな感情がつねに纏わりついている)。思えば生まれてこの方、焦っていなかった瞬間なんてほんの少しだってなかった。

 

私は無意識のうちに、自分が狂わないように自分自身の行動や思考をセーブしているところがあると思う。

私は何もできない。身体はすぐに動かなくなってしまうし、少し動けばすぐ眠ってしまう。去年の初夏から活動的になって、自分では私はもう大丈夫なんだ、何も問題はないのだ、良くなったのだ、このまま行けばまた世間一般の人たちのように社会的な生活ができるようになるのだと、信じてやまなかった。しかしそれはほんの数ヶ月の間のことで、自分では何もわからないうちに1日の大半を睡眠と涙で塗り潰す生活に戻ってしまった。そのように暮らしていても、夏に抱いた希望という名の浮遊感は薄れることなく麻薬のように脳裏に煙り続け、私はぼうっとした明るい光の中で呆けたように恍惚としていた。そしてふと意識が戻ったとき、季節はもう春になっていて、私は今、あの高揚感も夏の香りも思い出せない。

 

 

「恐怖」を見ないふりをしている。「恐怖」に面と向かって対峙するのを恐れている。心の中の「恐怖」の箱を開けてしまったら、これまでのように自分自身の生に耐えることができなくなってしまうだろうと恐れている(これまでだって私は「耐えて」なんかない。ただ逃げていたのだ。逃げるしかなかった。与えられた情報のどれひとつだって処理しきれてはいなかった。問題なのはそのようにしてやり過ごすことだってできなくなるだろうということなのだ)。